最近、いいダバナシとそうでもないダバナシについて考えることの多いおじさんです。
るつぼは続々製作出荷中です。
いやしくもヤキモノ屋の末席を汚すものとして生活していると、「いっぺんぐらい多少は深く考えてみる必要がある一見どうでもいいような品目」というものにしばしば出会ったり、気づいたり、見聞きします。
このHPでも以前、植木鉢についてちっとは考えてみる、なんて感じの記事をアップしました。
その流れで…
「卵立て(Egg Stand)」というものをご存じの方も多いと思います。
主に朝食だと思いますが、ゆで卵、あるいは殻付きのまんまの半熟卵(だそうです)を供するための小さな器、ということでいいと思います。
「思います」ばっかなのは、いまや半世紀にわたるこのダメ人生(カッコよく言うとMi Vida Loca)、卵立て、というものに出くわすようなことは一度もなく、参加した会話に登場したことも間違いなくないんですよ。
もろちんその存在は昔から知っていましたが、それは映画や小説の中の話。
良く知らないままにイメージを並べると…
おそらく西洋(アメリカも)貴族っぽいとか上流気取った感じとかいった俺とは全く相性の悪い世界の器物。
日本の場合、その辺じゃあ滅多に見かけないようなシャレオツなこだわり住宅に住んでる(住みたい)人を対象にした写真がめちゃ綺麗なせいでクッソ重くて、広告も高級だからよく知らない時計とか香水ブランドだったりする雑誌に出てくるようなヤラセ食卓にありそうな、みたいな。
朝からクジャクみたいな衣装を着て「あら、パキスタンでは大洪水で大変ね」なんて会話をしてるところに執事とか女中さんが運んでくる今焼いたサクサクのパンと卵立てに乗った殻付き茹卵(シャンパン付き)、といったところじゃないでしょうか。
以上はすべて妄想です。念のため
まあとにかく俺は上級国民の日常など綴ったエッセイや記録の類は『紫式部日記』より新しい時代のものを読んだことがないので卵立てという器物に実存をもって迫られたことは無いんです。
卵+大金持ちと言えばスタローンだけど卵立てどころか茹でもしねえで一気飲みだし、まあ何しろよくわからん。
そんな卵立て(どんな?)
最近読みなおした本の中で一章、と言っても5~6ページですが、なかなか趣向深くつづられていて興味を持ちました。ついに。(前回は飛ばし読みだったので気が付かなかった…)
い:卵立ての形状には大きく二つアメリカ型と欧州型があるらしい
ろ:殻の頭を割り落として穴をあけてスプーンですくって食べる、殻をむいて中身を全部出しちゃって(卵立てにあける)から食べる、と作法?も2パターン(これが欧型米型それぞれかどうかは不明)
は:穴をあけるに殻の割り方も一気にスパッと落とすかコツコツ叩きながら一周するかと二種類ある。いずれもナイフ使用(肉切るやつかバターナイフか、はたまた卵割る専用なのかは不明)
に:当然「卵匙(Egg Spoon)」もある。ただしこれは金属製でないとまずい。でも銀は駄目。
などなど・・・、いずれも著者が言ってるだけなのかもしれませんが・・・。
この文章の趣旨は、
ちょっとした作業でも気合い入れて掛かれば考えること多いよね。という「ながら作業」へのささやかな、とっぴなたとえによる批判(チャカシ)なんですが・・・ほかにも、
それしかできない専用品にはやっぱそれなりの価値があるよね。といった道具について考えることとか
ここまで考えるからには卵も近所の農家の新鮮なのを買ってきますよ。といった行き過ぎたグローバル資本主義批判?とかがちょいちょいと盛り込まれてますかね。
卵立て自体は、メタファーというか道具立てなのかという気もしますが、この怒れるバアサマが朝食の卵を楽しんでるのは間違いないみたいで面白かったわけです。
たまにこういうエッセイ的なものを読むのもまた楽しからずやって感じ。
この本はほかにも、表現や工芸的なものに携わる人には刺さるネタがどっさり詰まってるので、そういう仕事で暇な人にはお勧めです。
最近ル=グインづいてるんだよなあ~。
ここで言う「大切なこと」というのは、猫と遊んだり、ぼーっとしたり、買い物行って何買うか、とかそういうことだったり(笑
はい、肝に銘じます…
上級民のエッセイ&日記ぽいナニカ、も賢者の筆ならば、「ババアまた始まったな」的な部分も含めてなかなか面白く読めました。(以上、私はル=グイン信者なので割り引いてください)
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